かんがえていること

かけがえ、といいます。エッセイ、日記や創作短文。

どうしても会って話さなきゃならないことなんて。─「デートクレンジング」柚木麻子

結婚した女友だち。子どもを産んだ女友だち。
独身のわたしからすると、気軽に会おうとは言いづらいというのは事実で。
それは「会いたくないから」ではないのだ、断じて。
彼女たちには家庭がある。新婚だったり、幼い子どもを育てているような状況なのだと思うと、その貴重な時間をわたしと会うことに使わせてしまうのがどうしたって申し訳なくて。
わたしが彼女に、どうしても会って話さなきゃならないことなんてない。
また落ち着いたら、また折を見て、また・・・
そうやって先延ばしにしていって、気づいたら疎遠になってしまっていたりする。
ふ、と思う。
あの頃。わたしが彼女に、彼女がわたしに。
「どうしても会って話さなきゃならないことがあるから、会おう」と言ったことなんてあったっけ。

「デートクレンジング」柚木麻子

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以下、Amazonのあらすじから引用。

「私にはもう時間がないの」
女を焦らせる見えない時計を壊してしまえたらいいのに。

茶店で働く佐知子には、アイドルグループ「デートクレンジング」のマネージャーをする実花という親友がいる。
実花は自身もかつてアイドルを目指していた根っからのアイドルオタク。
何度も二人でライブを観に行ったけれど、佐知子は隣で踊る実花よりも眩しく輝く女の子を見つけることは出来なかった。
ある事件がきっかけで十年間、人生を捧げてきたグループが解散に追い込まれ、実花は突然何かに追い立てられるように“婚活"を始める。
初めて親友が曝け出した脆さを前に、佐知子は大切なことを告げられずにいて……。

自分らしく生きたいと願うあなたに最高のエールを贈る書下ろし長編小説。

柚木さんの小説を読んだのは「BUTTER」以来。
柚木さんの描く女性、に限らず、登場人物たちはみんな、危うげでたくましく、眩しいほど素直で愛おしい。
最初大人しくて気弱かと思った主人公・佐知子も、中盤からどんどん「えっ?!そこまで言っちゃうの?!」とハラハラさせられるほど真っ直ぐに、実花やその周りの人物に切り込んでいく。
その原動力は、「好き」の気持ち。

“女を縛る呪い“と同じくらい、この物語のキーになっているのが“オタク”。
佐知子の親友・実花はアイドルオタクからアイドルグループのマネージャーになった人物で、その熱狂ぶりに佐知子は圧倒させられていたと同時に、憧れを抱いていた。
佐知子はやがて、自分は実花のオタクなのだ、と自覚していく。

佐知子の推しは、揺るぎない信念を持ち仕事に打ち込むかっこいい実花。
婚活のために服装を変えたり、自分を卑下するようになったり、同じく婚活に励むライターの芝田(この人も、どうにも憎めなくて応援したくなってしまうキャラクターなんだよなあ・・・そこがすごいなと思った、柚木さん)から言われ放題なのに嬉しそうだったりする実花の姿に佐知子はショックを受ける。
既婚の佐知子と独身の実花。二人はステージの違いからすれ違っていくのだけれど、オタクならではのパワーで、佐知子は実花を諦めない。

この小説の面白さを底上げしているのが、なんと言っても、アイドルやそのオタクたちの描写の解像度の高さ!
なんでも柚木さん自身がハロプロファンとのことで、同じくハロプロファンのわたしはとっても驚いて、そしてとってもとっても納得した。
物語終盤、デートクレンジングのメンバーだった春香のファンイベントでのライブの描写がもう、引き込まれるというか、その情景がありありと浮かんで、あの熱気が肌に迫ってくるような感覚をおぼえるくらいなのだ。

誰もが春香を見つめ、その名前を呼んでいる。彼女はこの場に君臨し、空気を圧倒していることが、楽しくて仕方がないといった様子だ。大きな瞳が三日月になって光っている。親しみやすさは完全に消え、春香はもはや、ここにいる大人たちをかしづかせ、五万二千円を完全に忘れさせる、ピンク色の暴君だった。

佐知子は今、ここにいるすベてのファンと興奮と奇跡を共有している手応えを、ひしひしと味わっていた。今までの困惑も寂しさも溶けていき、ピンクの光に吸収されていくのがわかる。

このメロディが永遠に終わらなければいい。曲が最後の間奏に入って、佐知子は泣きそうな気持ちで願う。このまま、踊る三人をずっとここで見つめていたい。ピンクの光に吸い込まれて、このまま消えてしまってもいい。それならそれで本望だ。

こんな一瞬のために、アイドルも、ファンも、部外者と呼べなくもない佐知子も、日々を生きていけるのかもしれない、と思った。奇跡はいつでも起こせるわけではない。ずっとスポットを浴び続けていられるのは、ごくひと握りだ。それでも──。

この怒涛の文章たち。アイドルのライブに足を運び、そのパフォーマンスに熱狂したことのある人であればみんな、ぐっとくるものがあるのではないかと思う。
わたしはオタクの文章が大好きで、オタクたちが推しへの熱い思いをしたためた長文ブログを読むと目頭が熱くなってお酒を飲みたくなる性分なのだけれど、それと同じ感傷を覚えた。
しかしまあ、ライブへ行ったときのあの感覚をここまで鮮やかに描写されるとは。素晴らしすぎる!

さて、佐知子と実花、二人の関係がどうなっていくかはぜひ小説を読んでほしいところ──なのだけれど、あまりにも好きすぎてここで引用したい、本文中の二人の会話がある。

「ファンって難しいよね。好きなもののそばに寄りすぎてもいけないし、遠すぎると切なくなっちゃう。私、自分がよければ、実花が私をどう思っててもいいやっていう、あなたの一途なファンにはどうしてもなれないみたいなんだ。やっぱり必要とされたいし、必要としたい。そうじゃないと、すごく寂しいよ」
「それ、当たり前だよ。だって、うちら、友達じゃん。必要とされなかったら私も悲しいよ。実を言えば、さっちゃんが結婚した時、和田さんに嫉妬したよ。『ミツ』にすっかりなじんでいる時は、お義母さんに嫉妬した。さらに、さっちゃんがお母さんになったら、もう今度こそ、私の出る幕なんかないと思って焦った。私がさっちゃんにできることなんて、なくなった気がしたんだよ。でも、私は私で、これまで身につけた何かを使えば、きっと力になれる部分もあるはずなんだよね。やってみる前から、なーんであきらめてたんだろう」

もうここを読む頃には、涙が溢れて大変だったのだけど、さらに泣かされたのがこの会話だった。
そうなんだよね。そうなんだよねえ。
わたしたち、必要とされたいし、必要としたい。
結婚したからって、独身だからって、子どもができたからって、仕事にやりがいを感じてたって、わたしたち分断される必要なんてない。
疎遠になってしまったあの子やあの子の姿が脳裏に浮かんで、ああ、これを読み終えたら連絡したい、できるかなあ、いやする、絶対!と思いながらただただ泣いていた。

どうしても会って話さなきゃいけないことなんて、ないかもしれない。
けど、会いたいよ。
あなたもそう思っていてくれたら、すごく嬉しい。


今回わたしは図書館で借りたこちらの小説、改題して文庫化もされたとのこと。
単行本の表紙イラストを担当されている北澤平祐さんのファンとしては、買うなら単行本だなあ〜!
値段が張っても、場所を取っても、それでも買うなら北澤さんイラストの単行本。
この気持ちも、オタクならではなのかもしれない。